赤色の漆が速く乾き、縮んだので、アセトンをかけて剥がします。

HOME 記述 縮みと焼き漆

縮みと焼き漆Shrinkage and Boiled urushi

漆が速く乾くと縮むので、ゆっくり乾く漆を混ぜて、乾く速度を調整します。

 漆は空気中の水分を吸収し、主成分であるウルシオールが硬化重合して固まります。これを漆が「乾く」と呼びます。
 温度が25~30℃、湿度が70%程度が最も速く乾きますが、速すぎると漆の表面が先に乾いて中が乾燥せず、皺が寄った状態で乾きます。これを「縮む」と呼びます。 思っていたより早く、縮みのお手本のような物が出来てしまいました。

赤色の漆が全面的に縮みました。

乾固にかける時間

 黒呂色漆など一般的には8時間後に乾く漆が理想です。髹漆(きゅうしつ)の人間国宝の増村紀一郎先生[1]に「呂色磨き前の上塗りは何時間後に乾く漆を使っていますか?」とお聞きすると「8時間、乾風呂に入れて乾かします」と仰いましたので、私も8時間で乾く漆を使うように心掛けています。
 塗立てや鮮やかな色を出したい時は、それよりも長い時間をかけて乾く漆になるよう調整します。



焼き漆

 「遅口」や「極遅口」というゆっくり乾く漆も売っているので、それで乾く速度を調整しますが、手元に遅口の漆がない場合は、漆を加熱して沸騰させ、乾かない漆(焼き漆)を作り、それを混ぜます。ちなみに佐々木英氏による「漆芸の伝統技法」[2]には、「焼き漆」という呼称は見当たりませんでした。

 焼き漆は、茶碗に直接漆を入れて、それを網に載せ、少し火から離して、ガス直火で加熱するのが、香川県漆芸研究所で習った方法です。電子レンジでも加熱できます。途中で攪拌できないのと、電子レンジ内に数時間臭いが残るのが短所です。ごく少量の場合は小皿にラップを敷いて、その上に漆をのせて加熱する事もできます。全体が沸騰すると焼き漆の出来上がりです。何日経っても乾かない漆になります。

 更に加熱し続けると今度は乾固し、その性質を利用して金属に漆を焼き付ける方法もあります。[3]


調合とテスト

 気候や元の漆の状態を考えて、焼き漆を混ぜる割合を決めます。
 調合した漆は、乾き具合を確認する為、プラスチック板やラップなどに厚みに幅をもたせながら3㎝四方くらいヘラで付けて、乾かします。うまく乾けば、それを器物に使い、縮んだり、乾きが遅いようなら、再度漆を調合します。

 縮みを恐れて、ゆっくり乾かす漆にすると立体の器物だと側面が重力によって、垂れてきます。これを防ぐ為、数時間おきに器物の上下をひっくり返す時もありますが、その為には器物を回転させる仕組み(回転風呂)が必要になります。

 今回は調合の試行錯誤に1週間くらいかけ、ようやく整った漆を使い、薄く塗ったのに縮みました。多分、古い漆で成分が凝縮していた為、薄く塗っても厚く塗った様になってしまったのだと思います。溶剤で希釈する事でやっと普通に使えるようになりました。初めから希釈しておけば、試行錯誤に1週間もかからなかったのかもしれません。
 お椀など食物を直接容れる器を塗る時に希釈した漆を使うと、溶剤のにおいが当面残るので、私はそれらの器を塗る時は希釈しません。

焼き漆を混ぜて乾く速度を調整した赤色の漆

焼き漆を混ぜて乾く速度を調整した赤色の漆。泡は沸騰によるものではなく、器に移した時に入った空気です。



縮んだ塗面の処理

 縮んだ塗面はアセトンをかけてヘラで剥がし、乾固していた部分は研ぎました。 表面が乾いているように見えても、その上に塗り重ねた漆も引っ張られるように、また縮むので、縮んだ箇所は全て除去します。

縮んだ漆の塗面にアセトンをかけて、ヘラで剥がしました。

アセトンをかけた後、ヘラで剥がす

縮んだ漆の塗面にアセトンをかけて剥がし、乾固していた部分は耐水ペーパーで研ぎました。

耐水ペーパー#600で研ぐ


 時間、労力そして漆も無駄になり、不毛な作業です。昨日まで普通に塗っていた漆が気候の変化で縮む事もありますし、箱の四隅など、気を付けても縮みやすい箇所もあります。

 漆風呂を開けて乾きを確認する時はいつもドキドキします。


参考資料

1. 増村 紀一郎の作品一覧-公益社団法人日本工芸会
2. 佐々木 英 「漆芸の伝統技法」 1986年 オーム社
3. 金上 幸夫、宇野 千春、佐藤 巳代吉、三浦 行一、石沢 誠 「漆器業における”漆かぶれ”の調査研究」産業医学振興財団

2024.11.28