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漆の歴史History of urushi

漆文化の起源をめぐっては様々な仮説がありますが、発掘調査が進むことで少しずつ謎が解き明かされてきました。

 ウルシの木と漆文化が中国大陸から伝来したのか、日本で自生したのか、研究者によって意見が分かれます。
 ※ウルシの木を「ウルシ」漆文化を「漆」と表記しています。

ウルシの起源

 ウルシはウルシ科ウルシ属の落葉高木です。近年の研究では、ウルシに関しては、縄文時代かそれ以前に中国大陸から日本にもたらされたと考えられています[1]
 ウルシと他のウルシ属植物は生態的にかなり異なっていて、ウルシは日本には野生しない事が分かりました[2]。山中にある個体も最近植栽されたものの生き残りです。韓国も同様で、野生のウルシは中国の一部の地域にのみ自生しています。(東南アジアのウルシは遺伝子や成分が違う為、異なる植物です。)
 野生のウルシには遺伝的に異なる二つの集団があり、一つは中国中央部に、もう一つは中国東部の沿岸地域に分布しています。日本で栽培されているウルシは中国東部の集団から由来しているもので、日本と韓国の栽培ウルシと遼寧省と山東省の野生ウルシは全く同じ塩基配列を持っています。(下図を参照)


truL・truL-F塩基配列より構築したウルシ属の樹形図[2]

 縄文時代の独自性や漆文化の成熟度から日本自生説も唱えられましたが、日本の古い地層からはウルシの花粉が発掘されていません。また、日本のウルシのDNAは、朝鮮半島やその北部、中国の山東省辺りの型と同じである事から、それらの地域のウルシが、複数回繰り返された交流によって日本にもたらされたと考えています。
 福井県若狭町の鳥浜貝塚で出土したウルシの木片が、世界最古となる約1万2600年前のものであることから[3]、日本に流入したのはそれ以前と見られています。

縄文時代の出土品

 漆工芸は縄文時代早期末にはじまり、現代まで続いています。
 現在、世界で最も古い漆製品は、2000年8月に北海道函館市の垣ノ島B遺跡から出土した繊維製品で、縄文時代早期(約9000年前)のものです[4]。それまでは、富山県上久津呂中屋敷遺跡より発見された漆塗櫛(7500年前)、石川県の三引遺跡から発見された漆塗りの櫛の破片(約7200年前)[5]、福井県三方上中郡若狭町の鳥浜貝塚で発掘された「赤色漆塗りの櫛」(約6100年前)が世界最古級の漆器として有名でした[6]
 縄文時代における漆工芸技術については、遺跡から出土した漆工芸に関わる遺物から復元されており、赤色顔料の準備や素地の製作といった多くの生産活動との結びつきを持った高度な技術として評価されています。また、発掘調査が進んだ事で、漆製品の素地や赤色顔料の種類が時期や地域によって異なる事が分かりました。

 縄文時代の中期から後期の遺跡になると、北海道から関東にかけて、様々な漆塗り製品が出土しています。ウルシが植樹されていたと考えられ、未完成の漆器が大量に見つかった漆職人の家と見られる遺跡もあります。[7]
 一か所の遺跡の中に、漆工芸に関わる工程で必要と考えられる材料や道具がない場合もあります。それは、当時の漆工芸が一つの集落の中だけで完結していたわけではなく、周辺や遠隔地の人々との協力関係の中で成立した活動であることを示しています。
 一方、木地を固めるために漆を一度吸い込ませ、その後、何回も塗り重ねる、といったような漆塗りの基本的な技術は、縄文時代には、すでにほぼ完成の域に達しています。
 また、赤色の漆塗り製品を作る為には、透明な漆を精製し、赤色の顔料(弁柄や水銀朱)を混ぜて、根気よく練って、色漆を作らなければいけません。赤色顔料を作るのも大変手間がかかります[8]。また、せっかく苦労して精製した漆も、放置したままにすると数時間で硬化してしまう為、それを防ぐ手立ても必要です(現代ではラップなどで密閉します)。縄文式土器から連想されるより、はるかに高度な工芸技術が、その時代に確立されていたことが赤色漆の櫛を通じて見て取れます。


蒔絵のはじまり

 日本最古の蒔絵は正倉院の宝物「金銀鈿荘唐太刀(きんぎんでんそうからたち)」という太刀の鞘に施されている「末金鏤(まつきんる)」という研ぎ出し蒔絵になります。使用された金粉は、鑢(やすり)で下ろしたサイズも形状も様々な金粉で、鑢粉(やすりこ)と呼ばれます。ふるいでサイズを選別されず使用されていました。[9]
 この品が奈良時代のものということから蒔絵の歴史がはじまったのは奈良時代とされています。
 その後平安時代から「 蒔絵 」と呼ばれるようになり鎌倉時代に蒔絵の基本的な技法( 平蒔絵・研ぎ出し蒔絵・高蒔絵 )が完成しました。
 1639年、徳川三代将軍家光の長女である千代姫の婚礼調度として制作された「初音の調度」(国宝)は、蒔絵の最高傑作の一つとして知られています。[10]

図録「大蒔絵展」表紙の一部拡大[11]


参考資料

1. 工藤 雄一郎 「 縄文時代の漆文化とその起源に関する諸問題 : 学史的視点から今日的課題へ」(論文) 2021年 (PDFのファイルダウンロード)
2. 能城 修一 「ウルシの植物分類学的・木材解剖学的再検討と産地同定技術の開発」(科学研究費補助金研究成果報告書) 2009年
3. 四国新聞社 「1万2千年前のウルシ木片/世界最古、福井で出土」 2023年
4. 「北の縄文 - 遺跡紹介:垣ノ島A・B遺跡」 北海道
5. 「漆の魅力」 2002年, 政府広報オンライン
6. 「特別公開『重要文化財鳥浜貝塚・二つの櫛と不思議な漆器』」 若狭歴史博物館
7. 本多 貴之 「使い捨て文化にはない豊かさがある、日本の漆器の文化」 2021年, Meiji.net
8. 蒲生 侑佳、萩原 健太 「縄文時代後・晩期における漆工芸の空間的展開-富山県境A遺跡の分析を中心に-」 2011年 (PDFのファイルダウンロード)
9. 室瀬 和美 「金銀鈿荘唐大刀の 上装飾技法について」 2011年
10. 徳川美術館 「国宝 初音の調度-日本一の嫁入り道具-」
11. 「大蒔絵展-漆と金の千年物語」 2022年 朝日新聞社

2024.05.02